BroccoliのHP

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20歳から美容一筋でもがくも、
25歳〜28歳までオーストラリア、世界一周と海外でハサミを持って遊び呆け、
貯金も職も家もなく再び東京へ。
がむしゃらに3年過ごし、運良く30歳で恵比寿、代官山に 
接客はしない、お客様はいない美容室 Broccoli(ブロッコリー)  playhair  を立ち上げれた。32歳で(株)モテルを設立するも、愛犬からあげとちょんまげに溺れる。
一生髪を切り続けたい美容師としての藤川英樹、
ハサミを持たない藤川英樹をこれからどうプロデュースしていくのか。
はちゃめちゃな経営と教育をこのブログを通じてご覧あれ。

2008年9月29日月曜日

砂漠の町 ☆メルズーガ☆

マラケシュからサハラ砂漠の町 メルズーガまで一日一本の夜行バスに乗る。

ところが・・・


バスに乗るときに荷物代を20dh約300円ずつ払えと言ってきた。

よくあることだけど、すでにバス代も観光客価格160dh払ってる。

完全に日本人観光客としてなめられてる。

むかついてついついきれてしまった・・・

『それなら乗るかぼけ!!』


ってバスの外で座りだだをこねた。

でもバスの出発時間が近づいてくる・・・

仕方がないから

『ごめん。でも頼むから10dhにして。それでも払いすぎなくらいやろ??』

って言って10dhだけ払って丸く収まった。

ほんま足元ばっか見やがって。

バスの出発時間は16:00。

ラマダンで何も食べてないからかバスの中は静まり返ってる。

18時の休憩でみんな飲み物を買いテーブルに座る。

18時20分、みんなの前に注文したご飯が並ぶ。

僕らは昼食とったけどこの人達どんな気持ちなんだろうか・・

と、その時!

18時30分丁度にみんなが食べはじめる!!!

が、意外にがっつかない。

慣れっこなのか?もっと美味そうに食えよ。

あっさり夕食を食べバスが再出発。

人間は素直です。ご飯食べなきゃ騒げません。

再出発したバスの中は、さっきまでの乗客が別人のように騒ぎ出した!

一人がラジカセを持ってきてて、その音楽に合わせてみんなで手拍子!

最初はおぉぉ!!と思って見てたけど、

それが夜中まで続く・・・そしておんぼろバスの椅子は直角。

寝れたもんじゃない。

首が上がらない夢まで見る始末。

朝、4時半にメルズーガへの乗り換えポイント、エルフード到着。

真っ暗の中荷物を下ろし、地図すらないこの町でどうしろと?

と不安になる前にとなりにいたおっさんに

『メルズーガ行きたいんやけど?』

って聞いたら、すかさずおっさんが

『なら、この降りたバスでリッサニまで行け』って言われた。

あわてて二人で荷物を積みなおし再びバスへ。

また一時間揺られリッサニ到着。

唯一ノートに書いてた情報。

『メルズーガへは客引きについていけ!』

バスを降り、客引きにメルズーガ!って言ったらあっさりOK!10Dhで連れてってやる。って。

ここは信じていってみよう。

ドラエモンの様なおっさんに車に乗せられ3分走って変なレストランの2階に連れられた。

言わんこっちゃない。『あと4人集まるまでここで待っててくれ。』

そして客引き得意技、『俺、いい宿知ってるよ。ラクダツアーもやってるし最高だ!』って。

『いやいや日本人がやってる宿あるでしょ?そこに行きたい!のりこ?だっけ?』

とマドリッドの情報ノートで見たうる覚えの情報を言ってみた。

ところが『そこはつぶれた。だから俺のとこにしろ。』とみえみえのウソ。

僕らも負けじと『予約してある。』と定番のうそ。

が、モロッコはしつこい。

あの手、この手と話をやめない。

不機嫌になってくる自分に気付き、深呼吸。

違うガイドのおっさんまで来て、さっきと同じ事の繰り返し。

いい加減にしろ!とキレル寸前、メルズーガ行きの乗り合いタクシーがやってきた。

タクシーに乗せられ、このままではおっさん二人の思うがままになってしまう・・・

と思ったところでひらめいた☆

マドリッドのヤガミホテルに電話し、情報ノートを見てもらい、のりこさん情報を教えてもらった。

そしてのりこさんに直接電話し、タクシーのうんちゃんに道を説明してもらった。

危機一髪で救われた。

そんなこんなで無事 『シェ ノリコ』 に到着。

実はメルズーガの一つ前のハッシュドビルっていう集落にあったみたい。

なにはともわれ着いてよかった。

情報収集はちゃんとせなあかんな・・・

ほんと苦労したけどこの宿最高!!!

綺麗だし、情報満載だし、サハラ砂漠の目の前だし、

そしてなんと言ってものりこさんの人柄!そして手料理!!!

この日のご飯はから揚げ定食☆

ネパールの日本食なんて目じゃない。

ここがサハラ砂漠だってことすら忘れさせてくれる。

まるで日本の田舎の旅館にきたみたい。

ここぞ砂漠のオアシスや!







『シェ ノリコ』  フランス語で『SHEZ Noriko』
+212 (0)53 195 219
+212 (0)60 676 297

もし、メルズーガに行く人がいたら是非行ってみて下さい。
ほんといい宿。
TAXIで行くんですが、メルズーガの手前の町、ハッシュドビルという集落にあります。
分かりにくいので行く前には電話入れといた方がいいと思います。
電話入れたら有料ですがお迎えきてくれるみたいです。

僕らの二の舞にならないように・・・   

☆モロッコ☆ マラケシュ

さやか、ベン君と抱き合い、再会を約束し、一ヶ月お世話になったさやか邸をあとにした。

空港に向かう地下鉄の中でおばあちゃんとヨーロッパを旅をしてるツワモノ。タカユキ君に会った。

77歳のおばあちゃのボディガードしながらの旅。

なんかかっこよく見えた。

バルセロナからマドリッドに飛び、

マドリッドからモロッコ、マラケシュへ。

マドリッドを18:20に出たのにマラケシュに18:10到着。

時差の関係やけどこれぞタイムスリップ!!

モロッコの情報を全くもってない僕らは空港で行き詰まり。

そこに救世主!ATMに日本人らしき旅人カップルが!!!

ここぞと話しかけ、4人で町の真ん中までTAXIで向かった。

TAXIを降りたらたくさんの客引きが『宿は?宿は?』って。

久々~~~この感覚。うっざーーーっ

情報のない僕らは客引きに連れられていってみた。

マラケシュの安宿のほとんどはメインの道から入っためっちゃ細く、暗~~い道の中。

これ2人やったらビビッテたな。。

4人でよかった。

結局4件目くらいに拝見し、Wで100DH約1500円の宿に決めた。


夜、ご飯を食べに外出し、タジンっていうモロッコの煮込み料理を食べた。

これが美味い!

イスラム圏はご飯がまずいイメージが強かったけどモロッコ料理はいける!!

9月中は、『ラマダン』っていうイスラム圏特有の、

日の出ている間はご飯も、飲み物も、女も、酒もタバコも禁止っていう宗教の風習があるからか

夜は遅くまでにぎわってる。

このラマダン。

食べれない人の気持ちが分かるようにと始まったらしいがはたして・・・




 
広場には屋台、太鼓、ヘビ使い、預言者、などなどいろんな人が大騒ぎ!!!

そこに観光客が群がりがっぽがっぽ稼いでる・・人もいれば一人で寂しく芸をやってる人も。

なんだかいい雰囲気だった。


次の日、昼間に町をぶらぶらしたらモロッコ人のうざいこと!

うざいうざいとは聞いてたけどさすが3大ウザイ国の一つ。

しつこい上に金しか見えてないこ。おまけに足元見てくる。

こいつらの脳は金しかないんか!!!

エジプト、インドを差し置き、ウザイ国NO1の認定!


気を取り直し、

夕方に宿の屋上で2人の髪を切らせてもらった。

建物が全部低くて見晴らしがいい。

彼女の退院以来の久々のカット。

カットしない日が続くと不安になる。





久々ハサミを持って自分の気持ちがスキッとする!。



こういう時はビーーーール!!

ところが・・・

ラマダン中でどこにいってもビールがない。

しかたなくソーダ水とベン君からもらった貴重なスコッチを割り飲む。

あっという間になくなってしまったが、

ソーダ水だけでも十分どきどきする話ばっかりだった・・・


まさおくん、あやさんの話は波乱万丈すぎて僕らには刺激が強い。。。

盗難、病気、そして・・・

こんなタフなお二人のお別れの握手はめっちゃ力強く気持ちよかった。

2008年9月24日水曜日

☆カサ・バトリョ☆

退院した彼女は元気です。


ご飯を誰よりもたくさん食べてる。

健康っていいな~~。

僕もいつも通り元気。

彼女の荷物を減らす為、パックしてみた。

予想以上に肌がつるつるになった。













ベン君の髪を2度目のカットしてた。

どれだけバルセロナに長居したかを髪が証明してる。。











次の日の朝にはあつこさんがカラーしに来てくれた。

カラーだけで人の明るさは変わるな~~。

へこんだ時の一番の薬かも☆












そしてスペイン最後の観光☆

カサ・バトリョの中に入ってみた。

入場料で16.5ユーロ。運良く割引券ゲットして13.2ユーロ。

あのサグラダ・ファミリアでも10ユーロやで!

まーこの一週間外でてなかったし、最後ということで。

曲線のみで作られたカサ・バトリョはなんだか女性の体みたい。

ドアを触っても、ガラスを触ってもやわらかい手触り。

電気の使い方もやわらかい。

この建物に入ってから、出るまでは夢の中の様だった。

ステキなお家。

こんな美容院やったらかっこえ~な~。


明日でさやかの家から旅立ち、

なまった体に気合を入れて旅再会。

ほんとお世話になりました。

さ~~~気を引き締めてモロッコいくよ~~~☆

2008年9月23日火曜日

実は・・・~Hospital~

前々回の誕生日と楽しく書いてるBLOGは13日、14日のこと。

僕の誕生日は15日。

そしてまだバルセロナ、さやかの家。


書くべきか書かないべきか。。

迷ったけどこれも旅。



実は。。。。



僕の誕生日になった15日の早朝4時。

親友の電話で起こされ、電話を切ったら彼女も起きていた。

その二日前から体調を崩していた彼女が震えてる。

どんだけ布団をかぶせても震えてる。。。

これは普通じゃない。

こういう時の男(僕だけかも)って言うのは必要以上に心配し、役に立たない。

救急車??あかん救急車や!あかん、さやかとベン君起こそうか#&WQ)W’E&E$%&’(%$・・・

本人の方が冷静。。。

とりあえず解熱剤を飲んで熱も下がり、朝、8時くらいに寝れた。

11時位にりょうさん、しんさんが飛行機の時間までさやかの家に来た。

目が覚めた。

二人にも背中を押され、彼女の薬が効いているうちに万が一の事を考え病院へ行く事にした。

りょう『なおちゃんが大丈夫なのを確認しないと俺ら飛べない。』

三井住友海上の保険会社に電話。

保険会社は迅速に取り合ってくれ、

家から3キロほど離れたDEXEUSという病院に緊急で予約を入れてくれた。

しかも、

お迎え、通訳さん付で。

日本の保険すごい。

1時間後、通訳の下山さんが迎えに来てくれ、TAXIに乗って病院へ。

病院に着き、緊急なのに3時間待ち!とか言われたが、

そんなに待てるわけがない。

下山さんの力で1時間待ちにしてもらえた。

尿と血を検査し、彼女は ”急性腎盂炎” という診断。

そしてまさかの入院。

病室に移り、点滴が始まった。

とりあえず自分自身を落ち着け、

さやかの家に帰って入院の準備をして病院へ。

そして彼女の入院生活が始まった。

僕は横にはいるが、彼女の具合が悪くなっても、看護婦さんが来ても

言葉が分からないからなんの助けにもならない・・

ベルを押して『ぺルドン??ポルファボ~~~ル!』(すいません。おねがいします!!!!)

としか言えないなんとも頼りない僕。

毎日、お医者さんが来る時間は通訳の下山様(今回だけ様って言わせて!。そんくらいお世話になった。)が来てくれて

優しく助けてくれた。

僕が彼女の身のまわりの物を買出しに行く時、

下着はさすがに男一人で買いに行きづらい。。。と困っていたら あつこさんが駆けつけてくれて助けてくれた。

空気がしんみりしてる。。とか思ってたら まささんが盛り上げに来てくれた。

小腹空いた。。と思ってたら さとみちゃんがフルーツや軽食もって来てくれた。

そして毎日お昼休憩にさやかが電話をくれ、さやかの声を聞いたら元気が出た。

晩御飯まで作って持って来てくれた。

スケボーをかかえたベン君とさやかが来てくれた時は、

そんなに久しぶりじゃないのに懐かしい気がしてグッときた。


あかんほんまに助けられっぱなしや。笑

しかもこの日記読んだら彼女より僕のほうがあかんみたいやな。笑笑

俺はめちゃめちゃ元気!!!



そんでこの病院。

めちゃめちゃ綺麗。

















お城か?これは・・・









病院食うまそ~~~・・・


こんな事言ったら怒られるかもやけど、

この旅一番の・・・・




彼女は食欲を取り戻し、次第に元気になった。

昼間は元気で本は読むし、Ipodでドラマ見まくってるし、

ただ、夜になるとぐったりして熱が上がる。

入院は伸びに伸びた。


僕自身は、僕のバイブル Dカーネギーの『人を動かす』がさやかの家にあることを発見し、

再度読み直し、初心に戻れた。

映画もたくさん見れたし、本もたくさん読めたし、

オーストラリア時代の日記も書けた。


そして入院6日目、すっかり元気になった彼女と念願の退院!!!


久々のさやかの家に二人で帰宅。

何気ない普通の日々がどれだけ幸せか。



晩御飯を作ってる二人の背中を見て心から感じた。。。


保険会社の皆様、下山さん、

助けてくれたみんな、

どこかから嗅ぎ付けてメールや電話をくれたみんな、

ありがとうございました!!!

心配をおかけしましたが、もう完全復活です。

髪の毛を切りたくてうずうずしてる。

旅再会~~~!!!

モロッコ行きは25日です。

そして10月7日にはニューヨークです。

健康最高!!!!!

2008年9月21日日曜日

昔話~Australia~

ちょうど一年前はオーストラリアだったなぁ。

自分が、まさか一年後スペインにいるなんて思ってもいなかった。

懐かしくなったので

この旅にでるきっかけとなったオーストラリアの一年の話を簡単にさせもらいます。。。

このブログの表紙にも書いてるけど、AUSに行くまでは全く海外に興味なかったんです。

約2年前、東京でフリーで仕事をしている時に先輩の先輩から

『AUSで仕事してみないか?』

って声がかかり、最初は断ったけど今しかないと思い、思い切って行く事にした。

初の海外。25歳。

着いたところは西オーストラリアのパース。

何もわからない土地に一人で降り、、

着いた次の日からパースのMU HairDressing で働いた。

英語なんてもちろん話せない。中学生以下。

一人目のお客さんからいきなり外国人で、も~~それはてんてこ舞い。

『ハロ~!』 『カット?』みたいななんとも失礼な接客・・・

そんなんでもお客さんはがんがん話しかけてくる。

も~勢いで仕事。分かったふりして、もう一回確認するふりして

身振りそぶりでこんな感じ?て聞く。

そしたら自分の感性信じてカット!

このままでは駄目だと一緒に働いているスタッフ(今の彼女)に 

『今日、どうしますか?』と『僕を信じて僕に任せてください!』

って言葉だけを教わってそれで最初何週間はがんばった。

カットした後、どれだけ自身を持って鏡を見せ、どうだ!!!

みたいな感じです。。。

日が経つにつれ、英語でコミュニケーションもぼちぼちとれるようになった。

お客さんは日本人3割に外国人が7割。

その外国人はAUSの人だけじゃなくて、世界中の人たち。

世界にはこんなにいろんな人達がいるんだ・・・

髪質も、感性も違う人達。

世界に対する興味が一気に湧き出た。

そのお店で6ヶ月働かせてもらい、一ヶ月日本に帰国。


管理美容師という資格をとるのと、親友の西郷を海外に引っ張り出す為に。

日本で友達にいっぱい会い、散財覚悟で思いっきり飲み、
これでもかというくらい遊んだ。

そして西郷と一緒に再びパースへ、

パースの友達に見送られ西AUSのBLOOMEへ。

ブルームといえば真珠!

僕は、生まれて一回も美容以外の仕事をした事がない。

ここでやっとかないと一生美容師しかやらんかも。と思い、


真珠のボートで仕事する事に。

ブルームからさらに北に200キロくらい離れたところにある

CYGNET BAYという会社。

海沿いにある小屋で生活し、

朝は日の出と同時にボートで出勤。

そんで夕方5時近くまでボートの上という生活。





仕事は真珠の養殖のお手伝い。まー力仕事です。

船に弱い僕は吐きまくり・・・

10日間そこで仕事し、4日間ブルームに帰って休息。

そしてまた海へ。みたいな感じです。

ここで初めて西郷と一緒に”張り紙”というものを作り、

その時と泊まってたキンバリーというYHのバックパッカーの安宿に張らせてもらった。

町のレストランや、他のゲストハウスにも張った。

これが意外に好評で、休息に帰ってくる4日間は予約でいっぱい。まではいかないくらい。

小さい町なのでありがたいことにうわさが広まってくれてた。

駐在員や永住してる方のところに出張したり、

GHに来てもらったり、映画館に出張したこともあった。








海にいる仕事中も海辺でスタッフのみんなを切った。













永住してる方の一人の結婚式まで任せてもらえた。

ブルームの結婚式はビーチが主流!

髪のスタイルチェンジも野外で。



時には、海外からの美容師さんがカットを教わりにまで来てくれた。












休日の夜は毎晩のように野外クラブへ。

あやしい写真は木曜にあるブルーム名物 ウェットTシャツコンテストで

ウォーターボーイをさせてもらった時の写真。

2枚目の変な写真はストューピットパーティーの時の写真。

3枚目はGHにビールを持ち込んで追い出され、

一週間程のテント生活の写真。


最高の仲間に囲まれてた。



半年くらいこんな海と町での生活をした。



これはいける!

ハサミがあればどこでも行ける!!

髪の毛があればなんでもできる!!!



ハサミを持って世界を旅してみよう!

世界中の人の髪を切りに行こう!

と思い今にいたっています。。。

大分簡単に書いたけど、僕の人生が180度かわったAUS生活でした。

どこにいても最高の人達に助けられてる。

感謝感謝感謝や。。。。

AUSに誘ってくれた渡辺さん、賀川さん、ありがとうございました。

これぞほんとの自己満の日記やな。笑

2008年9月17日水曜日

FCBサッカー観戦 そして・・・・

待ちに待ったFCバルセロナの試合。

考えてみればサッカーの試合を見に行ったのはこれが始めて。

初めてがバルセロナなんて贅沢過ぎやな。

彼女は興味のないサッカーに50ユーロは出せないからと今日はお留守番。





さとみちゃんと駅で合流しチケットを握り締めカンプノウへ。

50ユーロ出しても僕らの席は一番上。

選手は米粒。

それでも生は違う。最高に面白かった!

後半にはメッシが出てきてPKでゴールを決めた。

その時の盛り上がりは最高やった。

でもその後、フリーキックで相手のラシンが一点かえした。

その時の会場のシ~~~~ンとした雰囲気。

そらアウェイで試合したくなくなるよ・・・

結局1-1で引き分け。

アンリのプレーも見たかったとか、勝ってほしかったとかいろいろ欲望はあったけど

エトゥー、メッシの華麗すぎるプレーは見れたし大満足。

それにしてももう一回見に行きたいな。

さとみちゃんと別れ、家に向かって歩いた。

家にはいつものメンツ、ベン君、さやか、カーディ、彼女。

とりあえずシャワーを浴びてビールで乾杯。

そこへピンポ~~~~ンと家のベル。

みんな出ない。

もちろん僕は居候だから出るつもりもない。

いつもならサッと動くベン君も動かない。

みんな動かない。

さやか『ひできくん出て~』

ヒデキ『あ、うん』

俺か。とか思いながらドアを開けた。

そこには・・・・・・

どこかで見たことのある顔!!!

えっ??夢か??? 夢と現実がごちゃごちゃ。

目の前の二人が本物だとわかった瞬間、僕は二人に抱きついていた。

そう、1週間?いや、4日ほど前にお別れし、


ニューヨークで再会を約束した りょうさん、しんさんがそこにはいた。

一度通り過ぎたバルセロナにイタリアから飛んで帰ってきた。

ユーレイルパス(ヨーロッパの電車乗り放題券)をもっているにもかかわらず。

こんな僕の誕生日のために。

彼女とこそこそ連絡とってたみたい。

ドッキリには結構気付いてしまう僕だけど、

今回ばかりはやられた。

そしてこの二人、なんとサッカーまで見に来てた。

さとみちゃんにチケット買ってもらって、僕とさとみちゃんが会う前にチケットをもらったらしい。

席をみたら僕らの席の斜め前20m。

なんで気付かんかったんや・・・




んなドッキリから僕の27歳の誕生日はスタート!!!

そして朝の9時まで寝かせないよ!


と言って飲み始めた僕は4時半に一番にくたばった。。。

朝、目が覚めたら全員リビングにくたばってる。

言うまでもなく二日酔い。







夕方まで寝てそれからアダム君の家でBBQ!!




ウサギをはじめて食べてみた。チキンの様な食感。

ウサギの姿を想像しなければおいしい。


最後に出てきたデザート。 チョコバナナ。(ベン君作)

イギリス人達のBBQはどこか上品なものが感じられた。

この2日間でシャンパン5本。ワイン7本位。

日本だと考えられない本数。

旅中にこんなに贅沢な事があって良いのか・・・?

ベン君に

ヒデキ『安いのはわかるけどなんで毎日シャンパン、ワインなん?
     日本だと特別な日にしか飲まないよ。』 って言ったら

ベン君『ノーマルな日がスペシャルだよ。        

     だから毎日がスペシャルデイだ!!』 って言ってた。

かっこ良過ぎる!!

さやか、ベン君、カーディ、

そしてりょうさん、しんさん、

そして彼女。 ありがとう。感謝感謝。

メールくれたみんな、電話くれたみんな、 忘れてくれてるみんな、

ありがとう。

どんな一年になるかわからんけど今年も楽しむぞ~~~!

あ、もう一つ、

僕の親友が誕生日の朝、4時に電話をかけてきて、

『誕生日おめでとう』って言うかと思ったら、

『俺、結婚する。今、入籍しに区役所いってる』って。

自分の事じゃないのに嬉しくて電話を切ってから涙すら出そうになっちゃった。

日本に帰る楽しみが増えた。